執着を手放す「あきらめる」という境地

以前の記事で、執着が人生の流れを止めると書きました。

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では、その執着を手放すには、どうすればよいのでしょうか?

 

それは「あきらめる」ことです。

あきらめるとは、想いが叶わず、さじを投げるような氣持ちとして使われているのが一般的かもしれません。

 

しかし、本来の意味はそうではありません。

 

あきらめるの語源は、「明らかにする」ということです。

「諦める」と書きます。

諦は、真理を意味します。

 

では、なにを明らかにするのか?

 

それは物事の原因を明らかにするということです。

人生の流れを止めている執着を明らかにするということです。

 

流れを止めているものを明らかにして、それを手放すのです。

 

あきらめるとは、どちらでもいいと思えるかどうかです。

どちらでもいいというのは、投げやりになることではありません。

 

どちらも受け入れることです。

 

もしそれを失ったとしても良いと腹を括れるかどうかなのです。

もしそうなったとしても構わないと心から思えるかどうかなのです。

 

無理矢理にそうするのではありません。

どちらも受け入れることで、時期が来たら、自然なかたちで手放しが起きるのです。

 

それが「あきらめる」という境地なのです。

 

 

あなたのパーソナルコーチ
篠原伸介