アイデアと移動距離は比例する by 白本(高城剛 著)

白本(高城剛 著)

今日読んだ1冊をご紹介します。

白本(高城剛 著)

大人気の高城剛メールマガジン「高城未来研究所 Future Report」の中のひとつである、読者とのQAコーナーを再編集した、あたらしい時代を生き抜くために必要な知恵の集大成。

 

世界を旅しながら、そこで感じたことを発信しているメディアクリエイターの高城剛さん。

定住を持たない「ノマドワーカー」なんて言葉が流行った時期もありましたが、まさにその先駆者のような方です。

私も2012年に出版された「モノを捨てよ 世界へ出よう」を読み、そのような生き方に憧れを抱きました。

 

本書を読み、心に響いた箇所をご紹介します。

 

アイデアと移動距離は比例する

Q. クリエイティブなことや、楽しいことを追求する際に、急にやる気がなくなったり、あるいは面倒な気分になったりすることはありますか。

A. これは、あらゆるクリエイティブな作業をしている方、全員にあてはまることだと思います。今ひとつ気がのならいことはありますよね。そんな時の僕の解決方法は「移動」です。よく、自分でDJリミックスを作る際に、色々なバスに乗って作っていたことがあります。アメリカのグレイハウンドや日本のはとバスまで、ノートPCでできる作業は、移動しながら見る風景によって、気持ちも創作する気分も変わるのではないか、と思ったからです。そこには、ルーティーンがありません。刺激と緊張は確実にあります。また、表参道に住んでいた時に、行き詰まる(息詰まる)と、渋谷まで散歩に出かけました。例えば、キャラクターを考えなくてはいけない際に、机の上で考え、インターネットでなにか探すより、なにも持たず(これ、情報を受け入れる気持ちを作る秘訣です)、ブラブラと渋谷まで歩くと、途中で、茄子のような顔をしたおじさんに会ったり、蟹のように大股で横歩きをする女子高生を見たりと、インターネットでは決して出会うことがないような感覚に遭遇します。それが、もし渋谷ではなく、アフリカだったら、きっともっとインスピレーションが湧くでしょう。さらに、なにもないアフリカで、しかも時間があったら、きっと「なんで僕はこれを作りたいんだろう?」と、自分に問いかけ、自分としっかり対面する機会を作れるでしょう。ですので、僕は「アイデアと移動距離は比例する」と、話しています。

まさに、移動の中には「刺激と緊張」があります。

また、歩いていると新たなアイデアが浮かぶという体験は私も多々感じるところです。

「アイデアと移動距離は比例する」という言葉にワクワクする自分がいます。

 

「自分にとって一番楽しいことはなにか?」を考えてみる

Q. よく「自分と向き合うことが大事」とおっしゃっていますが、具体的にはどのように行ってますか? 自分の好きなこと、嫌いなことをノートに書き留めるのでしょうか?

A. 一番簡単なのが、「自分にとって一番楽しいことはなにか?」を考えてみることです。それを欲望と一緒にしてはいけません。まずは、欲望を除いて考え、それをもっと考えたり、追求したり、実践したりしていると、きっと次の壁にぶつかります。そこで、「自分にとって、これはすべきことなのか?」のような使命というか、「自分とはなんなのか?」を考えるようになると思います。答えは見つからないかもしれません。それで、いいのです。自分としっかり話して、自分の奥の奥の奥と対面することが大事なのです。他人にどう見られていようと。

質問はフォーカスを生み出します。

「自分にとって一番楽しいことはなにか?」を自分に投げかけてみる。

すぐには答えは出なくても、その質問を投げかけ、興味に向かって動いていく中で見えてくるものだと感じています。

 

豊かさとは自由な時間

Q. 以前「なるべく働かないように」する方法をいつも考えていると本に書かれてましたが、働かないようにしようとしていながら「働いている」のはなぜなのでしょうか。少なからず生きていくためにお金を得ることも大切かと思うのですが、収入を得るという意味も含めて、「働くこと」自体をどう捉えられてますか? また、働くことの中に潜む「面倒なこと」もたくさんあるかと思いますが、どういったことであれば働いて、どういったことであれば働かないようにするといった基準があれば教えてください。

A. 僕にとって「豊かである」ことは、自由な時間です。お金があり余ることではありません。その僕にとって「豊かである」こと=自由な時間があることは、なるべく働かないことを意味します。それは、全く働かないことではありません。なるべく働かないことなのです。10年前は、一日20時間近く働いていたと思います。そして、その多くの時間をお金を稼ぐことにあてていたと思いますし、結果その分出費もしていて、過剰な労働と過剰な消費を繰り返していました。今だから正直に言えることですが、とても「豊か」であったとは言えなかったと思います。そして今は、そのような生活とは一線を画し、当たり前のことですが、過剰な消費を必要としなければ、過剰な労働は必要なくなりました。これも極めて当たり前ですが、バランスこそがもっとも大事であり、お金よりも時間こそが取り返しがきかないことは事実です。また、常に僕は「お金のために働くこと」は、考えていません。そして、株なども買ったことは一度もなく、こうやって客観的に考えると、目的は時代によって違えど、自分が面白いと思ったことをずっとやり続けているだけなんだと思います。たとえ、今それが収入の低下につながっても、常に面白い仕事を選択します。そうすると、その過程にある「面倒なこと」も、それほど面倒ではなくなります。もし、お金のために働いていたら、面倒なことは、本当に面倒でしょう。また、人から賞賛されたいとは、全くとは言いませんが、ほとんど考えていません。時代も僕も変わって行きますが、その時の自分が面白いと思ったことを、今も昔もこれからもやり続けているだけなのです。ですので、あらためて考えると「自分にとって面白いこと」→「自由な時間」→「収入」や「他者からの評価」が優先順位になります。それは紆余曲折あって、この年齢になってわかったことも多くあるんだと思います。だから今、迷ったりすることは、悪いことではありませんよ。

少し前までの時代は、多くの人にとって、お金が豊かさの象徴だったような氣がします。

しかし、今の時代は、時間が豊かさなのだと感じる人が多くなってきているような氣がします。

もちろん豊かさの定義は人それぞれで良いのですが、若い世代の人たちはこの「時間」の中に豊かさを感じる人が増えてきているのではないかと感じています。

 

この世のすべては「タイミング」

Q. 「運」というモノが存在すると思いますか? また、「運」が存在するのであれば関わる人間によってその運は高まったり下がったりすると思いますか?

A . 僕は「運」というより、この世のすべては「タイミング」だと考えています。その「良いタイミング」を「運が良かった」と結果的に言っているのではないでしょうか。この「タイミング」とは、波のようなもので、常に動きがあるものだと思います。昼があり夜があり季節によってその長さが変わるように、また潮の満ち引きがあるように、一日24時間とは別に流れるものが、常に身の回りにあります。時には目に見えない流れもあるんだと思います。この流れを掴み、波に乗ることが「良いタイミング」であり、「運が良かった」ことなんだと思っています。自然の摂理を本能的に感じている人は、「良いタイミング」を掴みやすいと思いますね。

私自身のこれまでの人生を振り返ってみても、「あの時、あの場所にいたからこそ」、「あの人との出会いが会ったからこそ」、「あの決断をしたからこそ」など、すべてはそのタイミングだったからこそ、今があると思えます。

もちろん、そうでなければ違った未来があったのかもしれません。

しかし、私たちは、その時にそれがベストだと思って選択し、行動しています。

だから、自分の信じた道を突き進むだけ。

直感を信じて動くことでしか、そのタイミングを掴むことはできないのだと感じています。

 

篠原伸介

ABOUTこの記事を書いた人

パーソナルコーチ。株式会社SKIP 代表取締役。システム開発会社にて通信分野のシステム開発・企画を経て、独立。パーソナルコーチングの他、個人や企業のメディア戦略をサポートしている。